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introduction



はじめに

はじめに

このコンテンツではコンセプトに沿ったあらゆる事柄を書き綴って いきます。
過去も現在も関係なく、目の前の、いや、360度ぐるりと積み 上げられている数知れない引き出しを一つ一つ開けて、今一度,覗 いていこうと思います。今さら言うまでもないってことや釣り人の嫌う蘊蓄や能書き、ホコリに埋もれてしまっている過去の試行錯誤や結論、もちろん現代の釣り人の思考やごくごく個人 的な考えまでも、ありとあらゆる方向へ道糸を垂らし、書き留めて いきます。
ただし、すべては一個人のとても主観的な感覚による表現で書かれ ることとなります。
これを前提に目を通して頂ければ幸いです。

2011年、日本のブラックバスの歴史は85周年を迎える。
これを“すでに”と感ずるか、”まだ”と感ずるかは個人個人違うところです。
僕がはじめてブラックバスの下あごを恐る恐る掴んだのは今から 28年前。
それを考えると、“すでに”人生のおよそ3/4 この魚に振り回 されているということになる。しかもその時間はこの日本のブラッ クバスの歴史の1/3程度にあたる。だが,どうだろう?この 1/3ってのに全くピンとこない。これが”まだ”1/10とも 1/100とも感じる。とても個人的な見解だがじっくり考えてみても正 確な時間の尺度で捉えることができない。ようするにこのブラック バスが日本にやってきてからの85年という月日をもっと広い視野で見わたすことができないのだ。その理由はとても明白。ほとんど生まれる以前の出来事だからというのは当然ながら、それ以上に釣りについての過去の記録や資料がほとんど見当たらなくて 歴史に空白が多 すぎるからだ。
釣り人である自分はせめてルアーフィッシングについてだけでもその歴史を知っておきたいと考えた。しかしそれでさえ,納得のできる資料が見つからない。散乱したものをかき集めればどうにか輪郭ぐらいなら浮かび上がらせることができるだろうが、その作業はやはり一個人の許容範囲を越えるものになるだろう。
そこで、じゃあ大好きなトップウォーターバス釣りだけでも... と。これならなんとかできるかもと。
後、15年も経てば日本のブラックバスの歴史は100年となる。
つまり一世紀。もはや一時代。
これは一つの区切りとなることは間違いない。
その時、この日本のバスフィッシングの歴史を振り返り、今と変わらず“まだ”としか自分が感じられなかったとしたら、きっとそれほど虚しい事はないだろう。
この遊びをこの文化を揺るぎない歴史あるものにしていくためにも、今、過去へ振り返って拾い集めれるものは手当たり次第にすくいあげ、今後の15年、自分の見たものを出来る限りリアルな記録に残してやろうとおもう。その一編がこの“study to be quiet"というプロジェクトである。

すべてはブラックバスフィッシングの未来のために。